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森林の課題解決と災害時の助けとなる薪の備え「備蓄木プロジェクト」<前編>

南海トラフ地震や首都直下地震などの巨大地震が発生した時には、設備などの点検のために、震源地から離れている地域でも停電が発生します。どこにも損傷が見つからなければすぐに復旧しますが、どこか損傷しているところが見つかれば、そのまま数時間から長ければ数日、数ヶ月にわたって停電が続く可能性があります。停電するということは、灯りだけでなく、暖をとることや食事を作ること、お湯を沸かして入浴することなどにも影響が出てきます。また、都市ガスなども電力と同様に、長期にわたって供給が停止されることが考えられます。都市部には、大規模な災害が発生した時に浮かび上がる、こうした大きなリスクを抱えています。
一方で、森林も今、様々な課題を抱えていると言われています。
こうした、森林の様々な課題を解決しながら、都市部の抱えるリスクを軽減することのできる取り組みを行っている団体が、三重県の最北端、岐阜県と滋賀県に接するところに位置し、市内に暮らす人たちが所有している土地の40%以上が山林を占めているという街、三重県いなべ市にあります。
間伐材と言われる、混み合った森林の木々の一部を抜き伐る(きる)間引き作業から出てきた木材を、災害時などの非常時に屋外で暖をとるための備蓄燃料「備蓄木(びちくぼく)」として普及させる事業を行なっている「一般社団法人日本森の十字社」です。

一般社団法人日本森の十字社の代表理事、河村ももこさんに、森林の抱える課題や備蓄木の取り組みなどについてお話をお伺いしました。

一般社団法人日本森の十字社 代表理事 河村ももこさん
東京都出身。大学時代にサスティナブル(持続可能)な社会を学んだことや、東京で東日本大震災を経験したことなどをきっかけに、地方への移住を考え始める。結婚を機に、三重県いなべ市に移住し、森林の課題について知る。たまたまラジオで聴いた東日本大震災で被災した子どもの体験談をきっかけに、森林の課題と災害時の備えについての考えが繋がり、2019年に一般社団法人日本森の十字社を設立。

機能不全の暗い森

—河村さんは東京のご出身でご結婚を機に三重県いなべ市に移住していらっしゃったそうですが、林業と関わることになったきっかけというのは、どういうことからだったのでしょうか?

(一般社団法人日本森の十字社 河村ももこさん:以下河村さん)
職場に薪ストーブを設置したことでした。薪ストーブに使う薪をどう調達しようかということで、いなべ市内で間伐(成長に伴って混み合った森林の立木を一部、抜き伐りすること)をメインで活動をされている方がいらっしゃって、市役所を通して紹介してもらったんです。その方が、人工林を健全に戻していくための活動をされていたので、一緒に色々と教えて頂く中で、森林の土がなくなってしまって根っこがむき出しになっているとか、今、森林がどういう状況になってしまっているのかを色々と教えて頂きました。それが最初ですね。

—河村さんご自身も森林に入られるのですか?

(河村さん)
はい。実際に森に入ってみて、最も感じたことは「暗いな」ということでした。光が森の中に差し込まないんです。こうした状況は、三重県いなべ市の森林だけでなく、全国の森林で問題になっていることです。東京にいた頃は、キャンプにもよく行っていて、森があれば豊かだというイメージを持っていましたが、それまで私が知っていたのは森林の姿の表面的なところだけで、現実は違いました。

—なぜそういうことが起きているのでしょうか。

(河村さん)
森が暗くなっていることの理由の一つに、落葉する広葉樹が人工林に植えられていないということがあります。
戦後、日本では復興などのために木材需要が急増し、成長が早く、建築資材となるスギやヒノキ、松などの針葉樹を植林して人工林をつくっていくという政策が行われました。
しかし、昭和30年代に木材輸入が開始されたことで、国産材の価格が下がり、日本の林業は厳しい状況に追い込まれ、森林の手入れも途中でやめられて、そのまま放置されてしまっています。

—こうした状況が、どんな問題へとつながってきているのでしょうか

(河村さん)
本当は間引くはずの木がちゃんと間引かれていなと、それぞれの木が光も栄養も不足している不健康な状態の森になります。
森に光が入らず暗くて、不健康で、樹木の種類も単一。こうしたことは、土砂災害や洪水などの災害につながります。水不足にもつながっていきます。
樹木や地面が雨を吸収して、ゆっくりと流していく機能がしっかりと果たせればいいのですが、現状ではそれを果たすことができていません。そうしたことが、災害を引き起こすことにつながるのです。
なので、まずは間伐をして、森林にしっかりと光を入れてあげる作業を最初にする必要があるのです。

つまり、森林の課題とは何かを一言で言うと、「まずは間伐が必要」ということですね。

—森に光が届かないと、樹木の成長が十分ではないので、地面に張る根っこも弱いので、斜面も崩れやすくなるということでしょうか

(河村さん)
その通りです。それが大きな要因ですね。一概に、針葉樹だから災害に弱いというわけではありません。針葉樹のヒノキは、どちらかというと根が浅い樹種になるのですが、杉は本来は根が深く張れて、むしろ土砂災害などを防ぐと言われてきた樹木です。しかし、戦後に効率化を重視されて、クローンを作るように苗木を作ってしまいました。種から育ててきたものであれば、直根(細い根が少なく、太くまっすぐ下に伸びる根)が出るのですが、そのクローンのように作られた苗木では直根が出ずに、弱い根になってしまいます。そうした、今植わっている根の弱い立木でも、太陽の光がしっかりと入ることで、根がもっと丈夫になっていく状況を作ることができます。

暗い森が都市部に与える影響

—こうした、根の弱い立木が森林にあることで土砂災害などにつながることはわかりましたが、都市部には具体的にどのような影響がありますか

(河村さん)
根の弱い木を森林から出してこないと、倒木することで電線が切れて停電に繋がります。また、倒木した木や、切ったまま森林に残された木が、川の流れをせき止めてしまったり、下流に流れていってしまうということがあります。流れていれば氾濫することのない川も、せき止められてしまえば、氾濫してしまい、洪水に繋がりますね。

—森林を適正に管理しなければいけないということは、山の問題だけではないんですね

(河村さん)
そうなんです。他にも、農業に与える影響もあります。森林が近いところでは、農作物への獣害も深刻です。鹿や猪、猿などの野生動物による被害を獣害と言うのですが、人の手が入っていない真っ暗な森は、こうした動物たちの住みかになります。森林に人が入って作業していれば、こうした動物たちは山の奥の方にいて、里や都市部などに降りてくることはほとんどありません。しかし、人が森林に入らないことで、そのぶん、動物たちは山を降りてきてしまっていて、農作物を荒らします。
広葉樹には実がなるものも多く、本来ならこうした木の実が動物たちの食べ物になっていたんですが、元々は広葉樹の植わっていた場所に、かわりに針葉樹を植えて人工林を作ったことで、動物たちの食べ物も私たちが奪ってきてしまったとも言えますね。

獣害の問題は、森林から木をより搬出しにくくしてしまう事にも繋がっています。動物たちが里に降りてこないように、柵を設けるという対策を取られることも多いのです。人と森との間に柵が設けられれば、大木などは当然、森林から出しにくくなりますよね。

—森林は川を介して都市と繋がり、動物たちは里と森林を行き来していて、森林の課題は里や都市の課題にもつながっているというわけですね。

(河村さん)
川は都市にも流れていますが、その先には海があります。森林で流れている川の水は、都市を通って海に流れ込みますね。三重県伊勢市もですが、漁業に携わる方の中には林業に関心のある方も多くいらっしゃいます。山と海は繋がっているので、森林が豊かでなければ、漁業も影響を受けてくるということですね。

すべての産業、特に農業や漁業などの一次産業と、防災や気候変動など、そういった分野の要には森林があるという意識は、普段、都市部で暮らしているとなかなか繋がらないかも知れません。私自身も以前は全く繋がらなかったのですが、実際に森林の多い三重県いなべ市に来てみて、いろいろなことを実感していくうちに、しぜんと繋がっていきました。

いかに活用していくのか

—ここまでのお話で、森林の抱える課題が様々なところに波及していることや、その解決のためにはまずは間伐すること、間伐材を森林から搬出することが何よりも必要だということがわかりました。搬出の先には、やはり「使うこと」が必要ですよね。建築業界では、建築用木材の供給が需要に追いつかないというウッドショックが問題となっていますが、国産材についても需要が高まっているのではないでしょうか。

(河村さん)
単純にそうとは言えないのです。建築資材としての木材に関しては、主にベイマツと言われるアメリカから輸入される強度のある松がこれまで使用されてきました。2階を支えるための強度のいる梁などは、松が適していて、住宅を1軒建てるためには平均して3割ほど松を使うことになります。ベイマツに限定する必要はないんですが。
ただ、日本では、松は虫食いが多くて建築資材にできるほど、しっかりと育たないんです。人工林で針葉樹を間伐しなければいけない問題とは、少し違うところにありますね。
ただ、住宅の3割に松が必要ということは残りの7割は松でなくてもいいと言うことです。にも関わらず、日本の木材自給率は約40%程度です。ウッドショックという状況になってから、国産の杉やヒノキの価格も以前よりは上がっていますし、国内にある松ももちろん販売はされていますが。
しかし、建築資材にできるような木材が日本の森林からすぐに出せるのかというと、最初の「暗い森をどうするか」というところに戻ってしまいます。これまで輸入材に頼ってきて、手入れが途中のままになってしまった森林が相当たくさんあります。また、林業はリスクの高い割に給与もあまり良くなく、人材が不足しています。働き手の高齢化も問題になっています。

—建築資材として国産材を使えるようにするためには、森林を育てることとともに、人材を育てることが性急に必要だということなのですね。

(河村さん)
もう一つ、森林から木を出してこようとしても、出してくるための道が森にないという課題もあります。森林組合が管理しているような森林であれば、基本的には道はあるのですが、個人が所有している、私有地となっている森林では森から里までおりる間に勝手に道を作ることができないのです。そのため、搬出することができないのです。所有者不明の森林もあり、そういったところはさらに問題が複雑になります。

ただ、薪として使用するような、短いサイズにすると搬出しやすくなります。

—なるほど。それが、河村さんが代表理事を務めていらっしゃる一般社団法人日本森の十字社が取り組んでいらっしゃる備蓄木プロジェクトでの、間伐材を薪として使用することのメリットでもあるんですね。

ここまでは、一般社団法人日本森の十字社の代表理事、河村ももこさんに、森林の抱える課題についてお話をお伺いしていました。
戦後の木材需要から針葉樹の人工林が全国につくられ、その管理が十分にされてこなかったことで、様々な課題が現在は発生してきていました。それは、森林の土砂災害リスクだけでなく、都市での川の氾濫のリスクなどにも繋がってきています。こうしたリスクを減らすためには、森林で適正に間伐を行い、間伐材を森林から搬出することや、人材の育成、搬出するための道づくり、管理が難しくなっている私有林をどう扱うかなど、多くのことを解決する必要があります。都市で暮らす人たちが、森林に目を向けることも、森林の課題解決の一助になるかも知れません。
後編では、こうした森林の課題解決の糸口でもあり、災害時のライフラインなどとしても活用が見込まれる、一般社団法人日本森の十字社の取り組み「備蓄木プロジェクト」についてお話を伺いします。


この記事を書いた人

瀬尾 さちこ

防災士。住宅建築コーディネーター。整理収納コンサルタント。

愛知県東海市のコミュニティエフエム、メディアスエフエムにて防災特別番組「くらしと防災チャンネル(不定期)」、「ほっと一息おひるまメディアス(毎週水曜日12時〜)」を担当。
以前の担当番組:みんなで学ぶ地域防災(2021年~2021年)、防災豆知識(2019年~2021年)
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