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震災体験を語る意味を考える ~キャッチボールとボール回しによる防災教育~

常識とは相容れない語り部の思い

私は、現在、震災体験を語る意味を考えるプロジェクト(※)を進めています。プロジェクトで東日本大震災を体験した若者の話を聞き、語らいの場で参加者の対話に耳を傾けていると、被災した子どもたちがマスコミの取材や日々の人々とのかかわりの中で経験してきた違和感や葛藤、戸惑いが見えてきました。若者の震災に対する考えは、多くの人が信じているステレオタイプの震災理解とは異なっていました。
 例えば、ある語り部はこんな話をしてくれました。
 「震災はファンタジーか漫画の世界だった。意味が分からなかった。成長して言葉を獲得していくとどんどん辛くなっていった。意味が分かるようになったから。」
 「時が解決する」という言葉があります。辛い体験も、長い年月の中で薄れていくと多くの人は思っています。でも、この語り部にとって時の流れは辛さを増す要因だったのです。多くの人々が考えている常識とは相容れません。
 被災のつらさは、単なる時の流れが解決するのではありません。その時の中でどんな人と出会い、体験とどう向き合い(向き合えない時もあります)、体験にどんな意味付けをしてきたかが大切なのです。この語り部は、同じ体験をした人たちと車座になって話し合った体験に大きな意味があったと言います。聞いてくれる人の存在とその安心感に居心地の良さを覚えたのです。

虚像を教えていないか

若い語り部たちの話を聞きながら、学校が、テレビや新聞の情報を材料にして考え合う場をつくったとしたら、それは真実を伝えていることになるのだろうか、とふと思いました。もう少し詳しく説明します。被災体験を持つ子どもたちはマスコミに追いかけられます。何度も何度も同じ質問をぶつけられます。子どもから見ると、取材する側が期待する言葉を口にするまで諦めてくれないのです。
記事や番組の内容は前もって決められています。大抵、つらい体験をして支援を受けて感謝しているとか、家族や友達を失って悲しいから同じ悲劇を繰り返さないように防災にとりくんで欲しいとか、そういったステレオタイプの内容です。取材する側は、その筋書きに合致する言葉を子どもから引き出そうと、同じ質問を何度も繰り返します。早く解放して欲しくて子どもが仕方なくしゃべった本心ではない言葉が、あらかじめ準備されていたシナリオの中の「 」の中に書き込まれます。ストーリーが意図的に作られ、語り部の言葉があたかもそのストーリーを補強するかのように埋め込まれていくのです。そんな体験をした子どもは少なくありませんでした。
教師が震災を取り上げるとき、このような記事や番組を使うこともあるでしょう。それで、本当に震災体験と向き合ったことになるのでしょうか。嘘を教えていることにならないでしょうか。この疑問は今も私を捉え続けています。

流れ星・キャッチボール・ボール回し

 学校で行われる被災体験の語りの多くは一方的な伝達です。語り部が子どもたちの前に立って体験を語り、子どもたちは黙って聞きます。年に1回だけこんな防災講話をしている学校は少なくありません。カリキュラム・マネジメントの必要がない投げ込み式の行事で、学校側の負担が少なく、災害を学ばせる機会を作ったという実感も持てます。
そんなお手軽な防災教育ではありますが、そこで語られる体験は子どもたちを惹きつけ、インパクトを与えます。子どもたちの感想文を読むと、必ずと言っていいほど「もし私なら…」と、被災体験に自分を重ねる言葉が書かれています。子どもたちは過去の、他人の災害に自分を重ねて、自分ならどうするだろうと考えているのです。
 このような語りの場を「流れ星」と形容するとすれば、語らいは「キャッチボール」です。語り部の言葉を聞き手が受け止め、もう一度語り部に投げ返すのです。何度も何度も投げたり受けたりを繰り返して(つまり質疑ではなく語らいです)、聞き手は意味のある何かを心の中に発見、形成していきます。時には語り部も新たな発見をします。
 語り部から投げられたボールを受けた聞き手が、そのボールを他の聞き手と回し始めることがあります。教室で、語り部の話を聞いた後にグループで感想を語り合う場面です。休み時間や放課後、子どもたちが自然に語りを話題にした会話をする場面です。これは「ボール回し」と言えるでしょう。子どもたちは同世代の聞き手の感想を聞き、影響を受けます。
 学校が災害体験を教育に取り込もうとするとき、多くの場合は流れ星です。その教育的効果を否定するつもりはありませんが、できれば、キャッチボール、ボール回しの場をつくってください。そして、最後に教師がまとめてひとつの価値観を押しつけるのではなく、語りをどう受け止めるかは子どもたちの感性にゆだねてください。


※Yahoo!基金被災地復興調査助成プログラムの助成を得て、一般社団法人「子どものエンパワメントいわて」が実施しています。1年目は、子どもの頃に遭遇した東日本大震災をいま語っている17人の若者にインタビューをして、被災体験の語りが持つ「防災教育力」と「心のケア力」を明らかにしようと試みました。2年目は、語らいの場づくりを進めています。これまで「経験・時間・場所」をつなぐ語らいの会を、南海トラフ巨大地震の被災地となる高知市、阪神・淡路大震災を体験した神戸市、東日本大震災の被災地である仙台市で開いてきました。5月には東京で集大成となる語らいの会を開く予定です。

E-Patch 一般社団法人 子どものエンパワメントいわて
ユース語り部が持つ心のケア「力」& 防災教育推進「力」向上事業 :「経験をつなぐ」語らいの場(高知)
ユース語り部が持つ心のケア「力」& 防災教育推進「力」向上事業 :「時間をつなぐ」語らいの場(神戸)
ユース語り部が持つ心のケア「力」& 防災教育推進「力」向上事業 :「場所をつなぐ」語らいの場 ― まじわる、語り部と聞き手 ―(仙台)

この記事を書いた人

諏訪 清二

全国初の防災専門学科 兵庫県立舞子高校環境防災科の開設時より科長を務め、東日本大震災をはじめとする国内外の被災地でも生徒とともにボランティアや被災者との交流に従事。
防災教育の第一人者として文部科学省「東日本大震災を受けた防災教育・防災管理等に関する有識者会議」など、防災教育関連の委員を務める。

2017年4月から防災学習アドバイザー・コラボラレーターとして活動開始。
学校での防災学習の支援活動を中心に、防災学習、災害、ボランティア、語り継ぎなどのテーマで講演活動も。
中国四川省、ネパール、スリランカ、モンゴル、エルサルバドルをはじめ、海外各地でも防災教育のプロジェクトに関わってきた。

2017年度~ 神戸学院大学現代社会学部 非常勤講師 / 兵庫県立大学 特任教授(大学院減災復興政策研究科)
2018年度~ 関西国際大学セーフティマネジメント研究科 客員研究員
2020年度~ 大阪国際大学短期大学部 非常勤講師
2021年度~ 神戸女子大学 非常勤講師 / 桃山学院教育大学 非常勤講師

【著書】
図解でわかる 14歳からの自然災害と防災 (著者:社会応援ネットワーク 監修:諏訪清二)
防災教育のテッパン――本気で防災教育を始めよう
防災教育の不思議な力――子ども・学校・地域を変える
高校生、災害と向き合う――舞子高等学校環境防災科の10年
※こちらの書籍は、現在電子書籍での販売となります。

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