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防災教育の内容を問う① ちょっと残念な防災教育

近年、防災教育の重要性がますます認識され、学校だけではなく地域の自主防災組織や児童館、母親セミナーなど、いろいろな場所と機会を使って防災を学ぶ様々なとりくみが行われています。
では、皆さんが初めて防災教育を行うとしたら、まず何をしますか?自分で教える内容や方法を考えますか?それとも先進事例を調べて真似てみますか?
多くの初心者は、おもしろそうな実践を模倣することから始めるのではないでしょうか。この方法は、何も教育の素人だけが採用しているのではありません。学校の先生方も先輩の授業を真似たり、ネットで優れた実践を探して取り入れたりして、自分の経験値を高めていきます。優れた先例に学ぶ姿勢は授業の改善と向上には不可欠です。
ところが、この方法には一つ大きな落とし穴があります。ネットで見つけた実践の妥当性や正確性が吟味されずに、ただ単に「おもしろさ」だけが基準になってしまうことが少なかくないのです。その結果、なんとなく怪しい防災教育実践が大流行してしまいます。

ダンゴムシのポーズ

例えば、「ダンゴムシのポーズ」。地震が発生したときに、背中を丸めてうつぶせになり、両手で頭をカバーします。ネットを検索すると、このポーズを取り入れた実践がたくさん出てきます。机の下、トイレ、教室、挙句の果ては校庭の真ん中で、こどもたちが小さな手で頭を守って、下を向いて丸くなっています。

ちょっと冷静に考えてみましょう。ダンゴムシのポーズは一番大切な頭を落下物から守る姿勢だと考えられています。では、校庭の真ん中で、空から何かが落ちてくるのでしょうか。屋外の広い場所ではしゃがんだり、おしりを地面につけて座ったりして、周りをしっかりと見ている方がより安全だとは思いませんか。
こどもたちに、机の下でダンゴムシのポーズを取らせている実践もよく見かけます。机の下で頭を両手で覆うと、強い揺れで机がどこかに飛んでいってしまいます。机の下に入るのは落下物から身を守るためです。机の対角線上の脚を両手でぎゅっと握るように教えましょう。
トイレで、冷たいタイルの床に顔をつけるようにしてダンゴムシになっているこどもたちの写真を時々ネットで見つけます。練習とはいえトイレの床にペタッとへばりつく姿勢は本当に不衛生だなと、ぞっとします。トイレの落下物で怖いのは蛍光灯か天井くらいです。どちらも落下しないようにしておけば、トイレでダンゴムシになる必要はないと思うのですが。

ダンゴムシの姿勢をとるのは頭を守るためだといわれていますが、よく観察するととても危険な姿勢です。小さな手で頭を覆ってますが、頭の方が大きいのでかなりの部分が露出しています。小さな手の上に重いものが落ちてきたら、頭を守ることは不可能でしょう。大切なのは、重いものが落ちてこないような住まい方ではないでしょうか。
大切な背骨は上に露出しています。顔は下を向いて、おそらく目は閉じてられているはずです。そこに、例えば本棚が倒れてきたら、とっさに身をかわすのは無理でしょう。
ダンゴムシの姿勢は、運を天に任せた姿勢なのです。

この様に危険なダンゴムシのポーズの意味を突き詰めていくと二つの結論に達します。一つは、そんなポーズが必要でないように、物が落ちてきたり倒れてきたりしない生活の仕方を最優先させる、つまり「備え」の徹底です。
もう一つは、もっといい姿勢を考案しようということです。例えば(と言っても例えが悪いので申し訳ないのですが)、和式トイレでしゃがんでいる姿勢はどうでしょう。手で頭を覆えるし、周囲の観察も可能です。何かが落ちてきたり倒れてきたりしたら、とっさに避けることも可能です。少なくとも、ダンゴムシよりはずっと機敏に動けます。
そろそろダンゴムシのポーズを止めて、もっと臨機応変に対応できる姿勢を防災教育に取り入れませんか。

新聞紙のスリッパ

もう一つ気になるのが新聞紙のスリッパ。どんな状況で履くのでしょうか。いろいろ考えて二つの場面にたどり着きました。
一つ目は、地震直後。割れたガラスや食器が床に散乱しています。足の裏を怪我する恐れがある場面で、このスリッパを使って避難しようという発想です。でも、無理です。考えてみてください。新聞紙が身近にありますか?新聞紙でガラスの破片から足を守れますか?とっさに正しく折れますか?
ガラスや食器が割れてからの対応より、割れたり破片が散乱したりしない備えが最優先事項です。もし割れて散乱してしまったとしても、普通のスリッパをあちこちの部屋においておけば何とかなるはずです。阪神・淡路大震災の時、ある女の子は、本棚を占拠していた少女漫画を飛び石のように置いて避難したそうです。そういう臨機応変の発想が大事です。なにも、新聞紙のスリッパに頼る必要はないのです。

もう一つの場面は、避難所です。スリッパがなく、足裏が汚れたり足が冷えたりします。新聞紙でスリッパを作って乗り切るつもりなのでしょう。なるほど、ないよりはいいと思います。でも、靴下の重ね履きでも対応できます。非常持ち出し袋に簡易スリッパを入れておくという準備も大切です。避難する時に靴を二つ持って行って、一つを室内履きにしてもいいですね。
使う当てのない新聞紙のスリッパを防災の学習活動で作らせる意味はあるのでしょうか。じっと考えて一つだけいい点を探し出しました。楽しい工作を通して、こどもたちが防災に意識を向ける効果が期待できる、ということでしょうか。

防災教育のネタをネットで拾ってくるときは、その妥当性や正確性も考えましょう。

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この記事を書いた人

諏訪 清二

全国初の防災専門学科 兵庫県立舞子高校環境防災科の開設時より科長を務め、東日本大震災をはじめとする国内外の被災地でも生徒とともにボランティアや被災者との交流に従事。
防災教育の第一人者として文部科学省「東日本大震災を受けた防災教育・防災管理等に関する有識者会議」など、防災教育関連の委員を務める。

2017年4月から防災学習アドバイザー・コラボラレーターとして活動開始。
学校での防災学習の支援活動を中心に、防災学習、災害、ボランティア、語り継ぎなどのテーマで講演活動も。
中国四川省、ネパール、スリランカ、モンゴル、エルサルバドルをはじめ、海外各地でも防災教育のプロジェクトに関わってきた。

2017年度~ 神戸学院大学現代社会学部 非常勤講師 / 兵庫県立大学 特任教授(大学院減災復興政策研究科)
2018年度~ 関西国際大学セーフティマネジメント研究科 客員研究員
2020年度~ 大阪国際大学短期大学部 非常勤講師
2021年度~ 神戸女子大学 非常勤講師 / 桃山学院教育大学 非常勤講師

【著書】
図解でわかる 14歳からの自然災害と防災 (著者:社会応援ネットワーク 監修:諏訪清二)
防災教育のテッパン――本気で防災教育を始めよう
防災教育の不思議な力――子ども・学校・地域を変える
高校生、災害と向き合う――舞子高等学校環境防災科の10年
※こちらの書籍は、現在電子書籍での販売となります。

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