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防災教育のDevelopment, Selection and Gradation

震災後の意味のある時間

阪神・淡路大震災(1995)から7年経った2002年、防災教育に大きなインパクトを与えた二つの動きが兵庫県でありました。人と防災未来センターのオープンと兵庫県立舞子高等学校環境防災科の設置です。震災の教訓を集め、整理し、形あるものとして提示するのには、まちの復興が進み、防災教育の実践が積み上げられるための一定の期間が必要でした。ざっくり言うと5年から10年が必要だったのです。この頃、「防災教育チャレンジプラン」や「1.17防災未来賞ぼうさい甲子園」もスタートしています。
それから20年が経ち、防災教育は一つのジャンルとして確立してきました。20数年前、環境防災科の開設準備をしているときに、私は、「防災教育は学問ではないから論文を書けない」とか「こどもにヘルメットかぶせて、消火器持たせて、何を教えるの?」と言われた経験があります。隔世の感がありますね。
この20年を振り返ると、3つのキーワードが浮かびました。Development、Selection、Gradationです。

防災教育プログラムの「開発」

Developmentは防災教育のコンテンツの「開発」です。例えば、「かまどベンチ」。滋賀県立彦根工業高校の生徒たちが開発しました。日常時はベンチとして使い、災害時には炊き出し用のかまどになります。座面の板を薪にして使うのです。” Dual Purpose” (二重の目的)を持つ優れたアイデアです。今では各地に広がり、オリジナルの目的を大切にしながら、移動式、簡易式など、どんどん発展してきました。
「安否札」は釜石市立釜石東中学校の生徒たちが考案しました。津波の襲来の危険がある時に、玄関に避難したことを示す札を貼りだしておくことで、避難を呼びかける支援者がその家を訪れる必要がなくなり、支援者も素早く避難できるというコンセプトです。津波災害が予想される地域に広がっています。ただ、もし安否札が貼りだされていない家を見つけると、支援者がその家を訪れる動機が生まれてしまい、実際に訪れることで自分の避難時間をロスする危険もあります。短時間での津波の襲来が想定されている地域では、たとえ安否札が貼りだされていなくても、その家を訪れずに避難するという決断が必要です。
ハザードマップも定番です。地域のリスクを探す「狭義のハザードマップ」から危険情報に加えて地域の自然、歴史、福祉、自慢などの情報も盛り込んだ「広義のハザードマップ」、出来上がったマップをすごろくに発展させたものなど、マップ作りは防災教育の定番の一つです。
クロスロードやDIG、HUGといったプログラムは今でも多くの学校、地域が防災訓練に取り入れています。防災すごろく、防災かるたなどの伝統的な遊びを使ったコンテンツ開発も人気です。他にも、災害体験を伝える絵本の作成、各教科で使える防災教育教材の開発も進んでいます。

防災教育プログラムの「選択」と「配列」

SelectionとGradationはセットで考えればよいでしょう。Selectionは「選択」です。いくつもある防災教育コンテンツの中から、自分たちの学校や地域の実情、災害の種別、活動に配当できる時間、対象者の年齢などの要素を加味して、使うコンテンツをいくつか選択します。ただ、それを無造作に並べるだけでは良い防災教育になりません。導入、展開、強化、定着といった教育の流れに従って選んだコンテンツを並べていきます。それがGradation「配列」です。カタカナでグラデーションと書くと、鮮やかな色が少しずつ濃淡や色彩を変化させていくイメージがあります。美しく配列しないと単なる色の寄せ集めになってしまいます。防災教育も同じです。関連のない活動をただ不規則に体験させるのではなく、それぞれの活動を関連付けながら、意味のある配列にするのです。
1時間だけの単発防災授業でも数時間のまとまった単元でも、まず「選択」が行われます。この段階では、学ばせたい災害と備え、対応、災害を取り巻く自然、社会、人などのテーマに照らし合わせて、自分たちが考える防災教育にふさわしい既存のプログラムを選択します。数時間の配当が可能であれば、そこでは「配列」が必要になります。

ICT時代の防災教育と不易の防災教育

東日本大震災(2011)以降、ICT教育、GIGAスクール構想などの流れに乗って楽しい防災教育教材の開発が始まりました。3Dプリンターを使った地形図作成、説明動画につながるQRコード付きのハザードマップ、タブレットを使ったQ&A、バーチャル立体地図を使ったまち歩きなど、どんどん進化しています。
これらのプログラムは新たな表現方法を用いていますが、コンテンツ自体はアナログで作り上げられてきたものを活用しています。2020年代に入ってコンテンツの「開発」はほぼ完了し、「選択」と「配列」、そしてICT化に差し掛かっているようです。
災害と向き合うには、その災害が発生するメカニズムを知り、正しく備え、災害発生時に正しく対応することが必要です。災害に関心を持つためには、人や社会、自然に関心を持つ必要があります。災害発生時に自分のいのちを守る「狭義の防災教育」だけではなく(もちろん、これはとても大切です)、いろいろなジャンルと掛け合わせた「広義の防災教育」も必要です(私はこれを「防災教育の異種格闘技戦」と呼んでいます)。
災害と向き合う力はICTでのみで獲得するものではありません。従来のアナログ的な防災教育が意味を持っています。表現方法はデジタルであれアナログであれ、防災教育コンテンツには不易な部分があるのです。それは20年間をかけて様々な実践が積み上げてきたものです。
これから防災教育を行う実践者は、単発よりはある程度まとまった時間をとって、既存の使いやすいプログラムを「選択」し「配列」すればよいのです。

この記事を書いた人

諏訪 清二

全国初の防災専門学科 兵庫県立舞子高校環境防災科の開設時より科長を務め、東日本大震災をはじめとする国内外の被災地でも生徒とともにボランティアや被災者との交流に従事。
防災教育の第一人者として文部科学省「東日本大震災を受けた防災教育・防災管理等に関する有識者会議」など、防災教育関連の委員を務める。

2017年4月から防災学習アドバイザー・コラボラレーターとして活動開始。
学校での防災学習の支援活動を中心に、防災学習、災害、ボランティア、語り継ぎなどのテーマで講演活動も。
中国四川省、ネパール、スリランカ、モンゴル、エルサルバドルをはじめ、海外各地でも防災教育のプロジェクトに関わってきた。

2017年度~ 神戸学院大学現代社会学部 非常勤講師 / 兵庫県立大学 特任教授(大学院減災復興政策研究科)
2018年度~ 関西国際大学セーフティマネジメント研究科 客員研究員
2020年度~ 大阪国際大学短期大学部 非常勤講師
2021年度~ 神戸女子大学 非常勤講師 / 桃山学院教育大学 非常勤講師

【著書】
図解でわかる 14歳からの自然災害と防災 (著者:社会応援ネットワーク 監修:諏訪清二)
防災教育のテッパン――本気で防災教育を始めよう
防災教育の不思議な力――子ども・学校・地域を変える
高校生、災害と向き合う――舞子高等学校環境防災科の10年
※こちらの書籍は、現在電子書籍での販売となります。

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