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防災教育の「異種格闘技戦」

防災教育の広がり

防災教育と異種格闘技戦にどんな関係があるんだろうと不思議に思われている方がたくさんおられるでしょう。そもそも異種格闘技戦は、プロレスラーのアントニオ猪木がボクシングや柔道、空手といった他の格闘技との闘いを繰り返して作り上げてきたジャンルです。モハメッド・アリとの試合は格闘技ファンではなくてもご存じの方が多いはずです。格闘技の世界では、数々の異種格闘技戦が現在の総合格闘技の誕生につながっていると言われています。他流試合は新しいものを生み出す力を持っているのです。
さて、防災教育はどうでしょうか。阪神・淡路大震災の前なら、いのちを守るための避難訓練が防災教育とほぼ同義でした。震災の教訓と反省から、災害を引き起こす自然現象の理解や災害への備えと災害発生時の対応の学習も取り入れられ、防災教育はその守備範囲を広げてきました。ここまでは「狭義の防災教育」です。災害を生き延びることに特化した教育であり、目的はそのための「実際の社会や生活で生きて働く『知識及び技能』」の獲得と「未知の状況にも対応できる『思考力、判断力、表現力』」の育成です(※1)。
ところが、防災教育はこの範囲にとどまらずもっと多くの要素とつながっていきました。背景の一つは文部科学省の「防災教育支援に関する懇談会」の中間まとめや学校防災のための参考資料「『生きる力』を育む防災教育の展開」などの答申です(※2)。これらの答申が示した防災教育の範囲は災害を生き延びるだけではなく、その後の復旧・復興や安全で安心な社会の構築への参画まで続いています。つまり、災害という非日常だけではなく日常にも防災教育の目的があることを示したのです。これを「広義の防災教育」と呼ぶことにします。
広義の防災教育は、非日常と日常を直線的につなぐだけではなく、思いもかけない展開を見せるようになってきました。災害や防災と一見関係のなさそうな分野ともつながっていったのです。

※1 平成 29・30 年告示の学習指導要領は「知識及び技能」と「思考力、判断力、表現力」、「学びに向かう力、人間性等」を」3つの柱としている。

※2 トップ > 政策・審議会>審議会情報 > 調査研究協力者会議等(研究開発)> 防災教育支援に関する懇談会 > 防災教育支援に関する懇談会(第6回)配付資料 > 資料6-3防災教育支援に関する懇談会中間とりまとめ(案)> 3.防災教育支援の基本的考え方
トップ > 教育 > 学校保健、学校安全、性犯罪・性暴力対策、食育>学校安全 > <刊行物> > 「生きる力」を育む防災教育の展開

「防災+α」と「α+防災」

防災教育がある程度市民権を持ち始めた頃(つまり、広義の防災教育が始まった頃)、防災とはまったく違うジャンルと防災を掛け合わせた実践が始まりました。今では全国に広がっている「かまどベンチ」は滋賀県立彦根工業高校の実践にルーツを持ちます。高校生の専門であるモノづくりと防災を掛け合わせたのです。被災体験を聞いた子どもたちがその様子を絵で表現する実践は、神戸市にあるアトリエ太陽の子が始めました。防災と芸術の合体です。日本で暮らす外国人に平易な日本語で防災情報を伝えようというとりくみは京都の「やさしい日本語」有志の会が始めました。国際交流と防災が結びついたのです。最近ではICTを使った防災教育、ドローンを使った避難訓練の検証、LGBTQ+と避難所、ペット防災、食と備蓄・炊き出し、海の恩恵と津波、ゲームを使った防災…等々、防災と他分野の結合がどんどんと広がっています。
筆者は20年ほど前に「防災+α」を提唱していました。防災にちょっとだけ他の分野を取り入れて、学習者が感じている防災へのハードルを下げようという呼びかけです。ここではあくまでも防災が主体です。それからだんだんと「α+防災」を考えるようになりました。他の分野に防災をちょっとだけ取り入れようという発想です。他の分野が主体となることで、学習者の防災へのハードルはもっと下がります。また、学校では教科であれ総合的な学習(探究)の時間であれ、研究課題はすでに決まっていて、新たに防災を取り入れる余地はないと考える教職員はたくさんいます。でも、そう考えるのではなく、既定の課題に防災をちょっとだけ取り入れれば良いのではないでしょうか。例えば、食育に20時間を配当するとしましょう。そのうちほんの2‐3時間を非常食の備蓄や炊き出しメニューに回せばよいのです。男女共同参画が学校のメインの研究テーマであるのなら、避難所運営での男女の役割も取り入れてみてください。
こういった足し算、掛け算を「防災教育の異種格闘技戦」と呼ぼうと思います。違う分野の激突が、もしかしたら新しい学びを生み出してくれるかも知れません。

この記事を書いた人

諏訪 清二

全国初の防災専門学科 兵庫県立舞子高校環境防災科の開設時より科長を務め、東日本大震災をはじめとする国内外の被災地でも生徒とともにボランティアや被災者との交流に従事。
防災教育の第一人者として文部科学省「東日本大震災を受けた防災教育・防災管理等に関する有識者会議」など、防災教育関連の委員を務める。

2017年4月から防災学習アドバイザー・コラボラレーターとして活動開始。
学校での防災学習の支援活動を中心に、防災学習、災害、ボランティア、語り継ぎなどのテーマで講演活動も。
中国四川省、ネパール、スリランカ、モンゴル、エルサルバドルをはじめ、海外各地でも防災教育のプロジェクトに関わってきた。

2017年度~ 神戸学院大学現代社会学部 非常勤講師 / 兵庫県立大学 特任教授(大学院減災復興政策研究科)
2018年度~ 関西国際大学セーフティマネジメント研究科 客員研究員
2020年度~ 大阪国際大学短期大学部 非常勤講師
2021年度~ 神戸女子大学 非常勤講師 / 桃山学院教育大学 非常勤講師

【著書】
図解でわかる 14歳からの自然災害と防災 (著者:社会応援ネットワーク 監修:諏訪清二)
防災教育のテッパン――本気で防災教育を始めよう
防災教育の不思議な力――子ども・学校・地域を変える
高校生、災害と向き合う――舞子高等学校環境防災科の10年
※こちらの書籍は、現在電子書籍での販売となります。

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