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先進的な海外の避難所に学ぶ!地域に生かす避難所運営(後編)「トイレ・ベッド」

前編では、イタリアの避難所運営における食事についてを中心にご紹介しました。


人権を守る避難所の運営では、トイレ・ベッド・キッチンを48時間以内に整えることが大切だと言われています。
トイレ・ベッド・キッチンを発災からできるだけ早い段階で整えることは、災害関連死を防ぎ、避難所の混乱を避けることにもつながります。

ロンドンの教訓

第二次世界大戦下の1940年。イギリス・ロンドンは、ミサイル攻撃を受けました。防空壕が足りなかったことから、大勢の市民が地下鉄駅構内へと避難したといいます。ロンドンの地下鉄の狭いホームで、避難した人たちは、雑魚寝の避難所状態になりました。この状況が半年以上続き、避難所環境も劣悪となりました。その結果、ロンドン市内で肺塞栓症、エコノミークラス症候群での死亡者が前年の6倍に増え、肺炎による死亡も2倍に増えたことが報告されました。
この報告から、翌年にはロンドン市と政府は地下鉄避難所に20万台の簡易ベッドを準備しました。簡易ベッドが準備されてから、肺塞栓症や肺炎の増加はなくなったのだそうです。
このロンドンの地下鉄避難所での出来事は、その後も語り継がれ、欧米では健康被害を予防するために、避難所で簡易ベッドを使用することになっています。

ベッドの問題はトイレの問題にも

床で雑魚寝するということは、トイレの問題にも関係してきます。また、睡眠の質にも影響を与えます。
体育館の床などに直接寝ると、床を歩く人の振動が伝わり、安眠できません。さらに、真っ暗な中でトイレに行く人に踏まれてしまうのではないかという心配から、緊張状態に置かれます。
また、トイレに行こうとする人も、寝ている人を踏んでしまうのではないかという心配から、トイレを我慢しようとします。トイレに行く回数を減らすために、水分を摂ることも控えようとしてしまいます。
お互いに気を使い、トイレなどへの移動を控えること、水分の摂取を控えること、こうした行動が、血液が固まって血栓ができるリスクを高めてしまうのです。雑魚寝による環境が、エコノミークラス症候群を引き起こしやすく、災害関連死を招きやすい状況を作ってしまうことにつながるのです。
そういったことから、欧米の多くの国では、発災から3日以内に簡易ベッドを準備しなければならないとしています。

もちろん、感染症防止対策の観点でも、簡易ベッドを使用して、床から垂直に離れることは重要です。細菌やウイルスの多くは、ホコリや飛沫に付着して床付近を漂っており、床に寝ると吸い込みやすくなります。簡易ベッドなどを使用して、床から垂直に30センチ離れると、細菌やウイルスなどの粒子の濃度は半分になるという研究結果も出されています。

約100年前から続いている日本の避難所での雑魚寝とトイレ問題

体育館に多くの人が詰めかけ、床に敷いた毛布などに包まって雑魚寝し、おにぎりや炊き出しの食事をとるという日本の避難所の風景は、1923年(大正12年)に発生した関東大震災ですでに見られました。当時からプライバシーへの配慮は必要だと考えられてたようで、家族ごとに間仕切りが設置されている避難所もありました。
約100年前の関東大震災の避難所の風景が、多くの人の避難所のイメージになっているのではないでしょうか。
このような体育館の床に雑魚寝をする避難所は、日本では近年でも大きく変わることはないケースが多く、トイレの問題と合わせて、エコノミークラス症候群・災害関連死などをもたらしたとして、重要視されています。

1995年(平成7年)に発生した阪神・淡路大震災では、発災から6日目のピーク時には1153の施設に31万6678人が避難していたといいます。そして、避難所で多くの高齢者が亡くなりました。いわゆる「災害関連死」です。
阪神・淡路大震災では、道路網の分断や極度の交通渋滞などにより、他の都市などから提供された災害用トイレの設置に手惑いました。発災直後の市町村の対応では、トイレよりも水や食料、毛布や医薬品などの確保が優先されたことも影響していると思われます。早いところでも発災から3日目以降、遅いところでは仮設トイレが設置されるまでに発災から11日もの時間がかかったところもありました。(ちなみに、2011年に発生した東日本大震災の時でも、トイレ研究所が行ったアンケートによると、岩手県、宮城県、福島県の特定被災地方公共団体の29団体のうち、3日以内に行き渡ったのは34%、49%が8日以上かかっています。)
神戸市内の水洗化率(下水道接続率)は約97%と高く水洗トイレが普及していたため、バキューム車の保有台数が20台程度で、避難所での仮設トイレのし尿の汲み取り体制も不十分だったこともあり、避難所の仮設トイレの環境はひどく悪化しました。避難所に配備された仮設トイレの数も、約75人に1基の割合で、決して十分とは言えない数でした。
避難所ではトイレの数が不足し、しかも仮設トイレが居住スペースから離れたところに設置されるケースが多く、トイレを頻繁に利用する高齢者は水分を摂取するのを控えたため、体調を崩す人が多くでました。
こうした状態は、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震でも繰り返されています。

災害や紛争の被害にあった人たちが尊厳のある生活を送るための基準「スフィア基準」

早ければ発災当日に。災害発生後48時間以内に避難所にベッドと仮設トイレ、食堂を準備して提供することが定められているという、イタリア。各州と災害ボランティア団体が公的備蓄倉庫を持っており、トイレコンテナ(仮設トイレ)やベッド、テント、キッチンカーなどを備蓄しています。日本の仮設トイレとは様子が異なり、コンテナに数個のトイレと洗面台が組み込まれているのです。屋根のついているコンテナの中にトイレと洗面台が入っていることで、「雨の降る中で、屋外でトイレを待つ行列に並ぶこと」を避けられるようになっています。

イタリアに限らず、欧米の多くで、被災した人たちの心身のケアを重視した避難所運営が行われているのには、基準とされているものがあります。
1997年に、複数の人道支援を行うNGOと国際赤十字・赤新月運動が開始したスフィアプロジェクトにおいて、人道支援の質と説明責任の向上を目的に策定された、通称「スフィア基準」と呼ばれるものです。正式名称は「人道憲章と人道対応に関する最低基準」。アフリカ・ルワンダの難民キャンプで多くの人が亡くなったことを受けて作られました。

日本語に翻訳されたものが、「スフィアハンドブック」としてインターネット上でも、誰でも読むことができるようになっています。

スフィアハンドブックでは、最初に被災者と支援者に対する、2つの基本理念が書かれています。
  1. 被災者は、尊厳ある生活を営む権利があり、支援を受ける権利がある
  2. 災害による苦痛を減らすために、実行可能なあらゆる手段を取らなければならない
「スフィアとは」「人道憲章」「権利保護の原則」「人道支援の必須基準」の4つからなる「基本的なことが書かれた4章」とともに、主な支援分野の最低基準について言及した「技術的なことが書かれた4章」から構成されているスフィアハンドブックには、命を守るための4つの分野として「給水、衛生および衛生促進」「食料安全保障および栄養」「避難所および避難先の居住地」「保健医療」が挙げられています。

避難所でも尊厳ある生活を送るために、十分な食料と水や衣服、避難所などでも健康に過ごせるための衛生環境を整えることの支援は不可欠だということです。

この中で、避難所の共用トイレについての基本指標も書かれています。
共用トイレの割合は、災害が発生した直後(発災から48時間以内)でも50人に最低1基、中期段階では20人につき最低1基。住居と共用トイレの間の距離は、最大50メートル(住居から50メートル以内に設置)。女性用と男性用の割合は、3対1となるように。内側から施錠ができて適切な照明がついているか、女性や少女によって安心できるか、月経や失禁などについての衛生管理、使用や清潔を維持することが容易であるかどうかなども配慮が必要なこととされています。

また、避難所内で日常的な活動を営むための居住スペースについても、1人あたり最低3.5㎡が適切としており、同じ世帯であっても性別などに応じてプライバシーや距離間隔を確保する必要があるため、壁やドア、窓が必要としています。

日本でもスフィア基準を取り入れようとしている

体育館で多くの避難してきた人たちが雑魚寝するというイメージが強い日本ですが、避難所で「人が人間らしい生活や自分らしい生活を送ることができるか」という質の向上を考えられていないわけではありません。
熊本地震の発生した2016年(平成28年)4月に内閣府が作った「避難所運営ガイドライン」では、参考にすべき国際基準としてスフィアプロジェクトを紹介しています。
また、同年に作成された「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」でも、被災状況下でのトイレの個数の目安として、スフィアプロジェクトによる目安が示されています。
一部の地域では、避難所にダンボールベッドを導入するなど、質の向上につとめていますが、国がこうした指針を示しているにも関わらず、従来の避難所のまま変わっていかないのはなぜでしょう。
その理由の一つに、避難所の開設は市町村が担い、運営は地域の自主防災組織が行うということが考えられます。内閣府は「市町村に対して助言する」という立場であって、避難所を変えていくのは、地域の力なのです。

市町村の住民や事業者の声を反映させて災害時に備える「地区防災計画」

「避難所がこうだったら良いのに」「私たちなら、こうできる」というような、市町村の住民や事業者の声を、反映させられる方法があります。
「地区防災計画」です。
2013年(平成25年)の災害対策基本法で、自助及び共助に関する規定が追加されました。その際に、地域コミュニティにおける共助による防災活動の推進の観点から、市町村内の一定の地区の居住者および事業者が行う自発的な防災活動に関する「地区防災計画制度」が新たに創設されました。
居住者や事業者自身が、内閣府の作成した地区防災計画ガイドラインを参考に全体像を把握しつつ、行政関係者や学識経験者などの専門家のアドバイスや解説を得ながら、防災活動を行う人たちや団体の人たちの目的やレベル、地区の特性などに応じて、地域コミュニティの課題と対策を検討して地区防災計画を作成します。その後、計画に沿った行動の実践(防災訓練など)を通じて人材育成や見直しに活用することができます。
また、地区での活用のみにとどまらず、自分たちには何ができるのか、地域にはどんな特性があるのか、どんな所との連携ができるのかなど、「災害時に、誰が、何を、どれだけ、そのようにすべきか」などを地区防災計画に盛り込み、市町村の防災会議に提案することで、市町村が地域防災計画の中に採用することもできます。

私たちは、さまざまなことを知り、行動することで、自ら避難所の質の向上につなげることができる可能性をもっています。

<参考資料>

消防「避難所のあり方、海外との比較」

全日本民医連「TKB48で人権守る避難所を」

神戸新聞「データでみる阪神・淡路大震災」

日本トイレ研究所

内閣府「避難所運営ガイドライン」

内閣府「物資支援の計画概要について」

内閣府「避難所における良好な生活環境の確保に向けた取り組み指針」

内閣府「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」

内閣府「避難所における新型コロナウイルス感染症対策等の取り組み事例集」

内閣府「地区防災計画ガイドライン」

スフィアハンドブック


この記事を書いた人

瀬尾 さちこ

防災士。住宅建築コーディネーター。整理収納コンサルタント。

愛知県東海市のコミュニティエフエム、メディアスエフエムにて防災特別番組「くらしと防災チャンネル(不定期)」、「ほっと一息おひるまメディアス(毎週水曜日12時〜)」を担当。
以前の担当番組:みんなで学ぶ地域防災(2021年~2021年)、防災豆知識(2019年~2021年)
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